04 人が通っても道ができなかった [金山町・昭和村]

管理番号 峠204 馬追峠(マオイトウゲ)

 「馬追峠 村南三町にあり、頂まで八町雜木多し、冬月に至り積雪徑を埋み、人馬の往來斷るときは此の山の峯を攀ぢ松山村に通ず」(大日本地誌大系(二十六)新編会津風土記第四巻 雄山閣 昭和35年3月25日発行 131ページ)

 山登りでは事前にルートをよく調査し、ほかのルートにそれたり、ケモノミチなどに迷い込まないように細心の注意がひつようです。道でないケモノミチは、そのまま行けば道に迷ってしまうでしょう。話は飛びますが、成功したといわれる方の人生の来し方のたとえに「私の歩いてきた後ろに道ができた」などという言葉を聞くことがあります。

 ※しかしこの馬追峠は、なにも後に残らなかったようです。幾人の人たちが通り、そこにはどんな事情・物語があったのでしょう、厳冬期一般道は雪でふさがれてしまっている、しかしなんとしても、となりの集落までいかなければならない、吹き溜まりの少ない強風吹く尾根を、まさに命がけの峠越えだったのでしょう。しかしそのあとに、踏跡・道跡は残りませんでした。しかし、大事な峠道でした。

(2012年6月)