22 もはや 見ることのできない「山」 と 「三角点」 [只見町]

 管理番号2618 小山(コヤマ)
三角点 [基準点名=沢上(サワカミ) ・ 等級種別=図根点 ・ 基準点コード=TR65539725201]

 海底火山という言葉は聞いたことがありますが、只見町には水底山(湖底山)があります。
 会津田子倉の歴史(上) 昭和56年7月15日発行 著者 渡部政吉 発行所 会津田子倉の歴史出版会 259ページ等には、地図と絵地図があり、そこには、標高450mの「小山」が記されています。いまはここに、1960(昭35)年11月田子倉ダムがつくられ水没してしまいました。

 また、「小山」から約1km南には、ここも地形図には表示されていませんが、三角点があります。正確な位置は、北緯37°17’53″3852 東経139°16’52″0972 標高464.52m 三角点名「沢上」です。 ここも水底(湖底)です。

 そのむかし、田子倉集落の人たちはどのような、「小山」とかかわる日常の生活があったのでしょう・・・。水底にある三角点は、どのような方法で測量に利用するのでしょう・・・。

 以前、春日三球・照代の地下鉄漫才で「考えると眠れなくなっちゃうんですよ・・・」というフレーズがありましたが、この 山 と 三角点 のことを考えると、ちょっと眠れなくなっちゃいます。

※追記
 後日「図説 会津只見の歴史」(昭和45年3月30日・只見町発行)の164ページに「小山」の写真を発見しました(「只見の自然に学ぶ会代表」の新国勇さんに確認していただきました)。この写真の説明書きには以下のように書かれています →「山と川の幸に恵まれた田子倉部落の生活は、ひっそりと平和な里であったが、スッポリ湖底に沈む運命にあった」。

 ※ひょっこりひょうたん島のような形をした山で、只見川と田子倉集落の間に屹立し、日常生活の中心にある山という感じの山です。湖底下100㍍に沈んでしまった「小山」は、写真でしか見ることができない山になってしまいました。そして、三角点「沢上」も同じ運命をたどりました。

※追追記
 「じいちゃん ありがとう 一枚の写真から 奥会津 聞き書き百選④」平成22年2月29日発行の222ページに「小山」の写真と記述を発見しました。福島県立只見高等学校 三年 新国 真理恵さんは、祖母の話として、以下のように書いております。
 ・・・写真の真ん中の小さな山は、小山と呼ばれていた山で、子供達のよく遊ぶ山だった。今でも田子倉湖の水が減水すると小山の頂上が少しだけ見える・・・

(添付されている写真は「図説 会津只見の歴史」(昭和45年3月30日・只見町発行)の164ページの写真と同一と思われます)

(2012年6月)