27 アメタンボ山 [白河市]

管理番号1935 雨乞山・アメタンボ山(地元呼称)
管理番号1944 愛宕山・アメタンボ山(地元呼称)

 私たちの祖先にとって、食糧の確保は「生」に直結するもっとも大事で最大の日々の行為で、その安定と増産のために必死の努力を行ってきましたが、しかし幾度となく、人類は飢餓の経験をしてきました。

 その対策の一つである、害鳥や害虫から農作物をまもる方法については、農薬の散布や鳥よけの網の設置などを考えますが、近代農業以前の日本人の思考に、駆除するという考えは無かったのかもしれません。「鳥追い」「虫送り」など天や神にお願いする方法で対処してきたようです。
 また、水不足や日照り対策については、堰や溜池の建設など、多大な労力をつぎ込み対策をしてきましたが、現在に至るも、人工降雨の技術もまだですし、海水の淡水化の技術も緒についたばかりのように思えますし、まだ解決していません。

 ※私たちの先人は、日照りの降雨不足による水不足に対しても、天や神にお願いしてきました。その場所の多くは山上であったようです。県内にも多くの「雨乞山」がありますが、その呼称について、わたしが実際現場に行ってお聞きした所では「アメタンボ山」と云う返事が返ってきました。書物には「雨乞山」と直接的に書かれているものもありますが、地元には地元それぞれの呼称が多いのではないかと推測しますが、どうでしょうか。

(2012年7月)