31 ふる里には 山 がない [湯川村・富岡村(旧会津高田町富岡・現会津美里町)]

管理番号1060 三沢山・三沢入り山
管理番号3730 大窪山

 平成の大合併以前、福島県内には99の市町村がありましたが、現在は59市町村になってしまいました。そして意外にも、山の多い会津地方の 北会津村 と 湯川村 が県内で山のない自治体でしたが、 北会津村 が 会津若松市 と合併し、現在は唯一 湯川村 のみが、県内で山のない自治体となっています。
※ちなみに、明治19(1886)年頃県内には1700を超える町村があったようです。

 苅敷・秣・燃料の確保の為に、山を持っていなかった湯川村の先人たちの苦労の状況が以下のように紹介されています(湯川村史 第二巻 民俗ー村人のくらし 昭和63年3月30日 湯川村発行 207ページ)。

 ・・・・・・高瀬・水谷地・浜崎・沼ノ上・上田谷地・北田・中台・下扇田の村々は、塩川町(現在の喜多方市)駒形の三沢山(三沢入り山)に入会山を持っていた。場所は塩川町の常世から登って、扇ケ峰の上、雄国沼の下に当たり、高瀬から10㌖くらいあり、馬で一日一往復の場所であった。・・・・・・・

※山のない湯川村ですが、村からは飯豊・磐梯・雄国・南会津等の雄大な山々を望むことができます。

又、現在の会津美里町、旧会津高田町に富岡の集落がありますが、ここでも、大変な苦労があったようです。

 文化六(1809)年に書かれた新編会津風土記に ●富岡村 端村新屋敷 府城の西南に當り行程二里二十町、屋敷二十三軒・・・と記述されている富岡は、会津高田町誌(昭和41年12月1日発行)の280ページによると、「寛文五(1665)年には、人口二 二 二人・・・・・山は村南に大窪山を所有していた・・・・・」と紹介されています。

これをたよりに、会津美里町(旧会津高田町)・富岡を訪ね、お聞きしました。
「現在は富岡の五軒の家で大窪山を持っている。大窪山からの柴刈は大変であった、道もないので、牛馬も使えず、人が背負って運んだ」とのお話をしておられました。ここでもたいへんな苦労をして燃料の柴を確保していたようです。

(2012年9月)