30 千恵子先生の通った峠 [昭和村]

管理番号 峠222 千恵子峠・喰丸道

 途半ばで病のために亡くなった大芦小学校の千恵子先生の「名」を峠名に冠したものです。先生の教育にかけた情熱を村の人たちが、後世に伝えるための取組と推察しました。

 昭和村の歴史二 昭和村のあゆみ ~昭和から平成へ~ 発行日 平成23年3月31日 発行 昭和村 218ページ には以下のように書かれています。

 小中津川で生まれて喰丸に嫁に行き、そこから大芦の小学校に通っていた先生がいた。千恵子先生と言い、その先生が毎日歩いて通った道を喰丸の人は「千恵子峠」と呼び、大芦の人は「喰丸道」とよんだ。喰丸から歩いて一時間かかった。昭和三十年代前半のこと。厳しい先生だったという。昭和の森キャンプ場内に作った遊歩道に、「千恵子峠」の名前がついている。

 喰丸のかた数人にお聞きしましたが、皆が千恵子峠のことは知っていました。現在峠に至る道の利用は無いとの事でしたが、年一回の枝払・除草などで峠上までの道の確保をしているとのことでした。

(2012年9月)