42 「宝の山」に降った雪と雨は「宝の水 」となった〔郡山市〕

管理番号 峠100 沼上峠・新中山峠

 明治15年(1882)に完成した安積疎水は、本来は 日橋川・大川・阿賀川・阿賀野川 を経て日本海に流れる猪苗代湖の水を、太平洋側の安積平野に流す、当時としては最大級の国営事業でした。

 その水は猪苗代町と郡山市界のこの沼上峠(新中山峠)近くを南流し、それまで不毛の地と云われていた安積平野の大地を潤し、明治31年(1898)には、その水を利用し、沼上発電所を設置し郡山に送電しました。
 熱海町商工会のホームページには、「猪苗代湖と安積疏水の落差を利用した沼上発電所は、1899年(明治32年)6月に運転を開始した、東京電力の発電所としては3番目に古い発電所です。日本で初めての高圧送電を利用した送電が郡山市内まで行われ、紡績・繊維産業の発展に貢献しました」との紹介があります。

 又上水道にも利用されるなど、現在福島県第一の都市郡山市の発展の原動力となりました。「宝の山会津磐梯山」などに降った雪と雨は、「不毛の安積平野」にとっては正に「宝の水」となったわけです。それらは五万分の1地形図「猪苗代湖」等で見ることができます。

 明治政府によるこれらの地形図の作成は三十年をかけて完成をみましたが、改訂を重ねた 旧版地形図 も、入手可能で、そこには地形図のたどった歴史が刻まれているようです。

 その一例として、「地図で読む戦争の時代」(白水社・2011年発行・著者 今井恵介) に 「改描」 について、以下のように書かれています。

 ・・・軍事基地はもちろん、鉄道の操車場、造船所や製鉄所などの重要な工場、発電所やダムなど 「重要施設」 を敵の目から隠すため図上で住宅や森林などに 偽装 するもので、・・・
 ・・・全国各地で無数の改描をすることになれば、当然ながら、本物と偽物を見分ける必要が生じてくる。そこで考え出されたのが定価表示だ。欄外には定価金拾参銭(昭和一〇年当時は国鉄で八キロの三等運賃に相当)と記されているが、改描済みのものにはカッコを付けて(定価金拾参銭)としたのである。・・・.

 五万分の1「郡山」の地形図の ①明治42年9月30日発行 ②大正2年4月30日発行 ③大正9年4月30日発行 ④大正9年8月30日発行 ⑤昭和8年9月30日発行 ⑥昭和21年10月30日発行 ⑦昭和22年3月30日発行 の七枚の地図を購入してみました。

 ⑤昭和8年9月30日発行の地図の金額欄が (定價金拾三錢) となっていましたので、他の6枚の地図と見比べたところ、郡山市水道局豊田浄水場の貯水池の表示が、他の6枚は 「池」・「貯水池」 の表示ですが、昭和8年発行の⑤だけが「空地?」のような表示になっています。

 郡山市発展の礎でもあった豊田浄水場は、明治45年4月(1912年)から、一世紀以上郡山市民に猪苗代湖の水を供給し続け、平成25年3月(2013年)にその役割を終えましたが、「軍都」でもあった郡山市の上水道施設は、「重要施設」 であったと考えられます。「戦時改描」の痕跡のようです。

 ちなみに、カイビョウの言葉に私は、記憶は定かではありませんが、昭和三〇年代の映画にあったとおもいますが、バケネコ・「怪猫」を連想しました。
「貯水池」「空地?」 に化けたようです。

※追記
  2018年(平成13年)12月7日付の朝日新聞18面によりますと、安積疎水は・・・延べ85万人と総経費40万7千円(現在の約450億円)を投じて全長約130㌔の疎水を造り、約3千㌶の水田が造成された。疎水は電力の供給源にもなり、「経済県都」郡山の礎をつくった。・・・と紹介されております。

(2014年11月)