50 「くろ・黒・畦・畔」〔喜多方市〕

管理番号 峠266 沼黒峠・沼畔峠

 私の生家は兼業農家でした。その環境で育った私は農業に関する言葉は自然に記憶に残っていたのだと思います。その一つが「くろ」でした。「くろ」で思い出すのは、春先苗代をつくるときに田と田の間の仕切に田の土をコネて塗り水漏れを防いで代掻きをする前段の準備作業を「くろつくり」、青ばた豆をその「くろ」に植えること、などが思い出されます。しかし私はてっきり「くろ」は当地の方言で、端から該当する漢字はないとばかり思いこんでおり、現在に至るまで全く確認することもしませんでした。
 ところが、地形図には載っていませんが、「新編会津風土記」(第四巻 雄山閣 昭和35年3月25日発行325ページ)に載っている「沼黒峠」については調査済で、場所は分かっていましたが、地図センターから明治22年9月28日出版の「地図輯製二十万分一図(初版)新潟」のコピーを購入し、見ておりましたら、その場所は「沼畔峠」と記載されているではありませんか。
 当初は「クロ」がなぜ「アゼ」になっているのか、これも古い地図なので誤植の一つかと思いましたが、自分の勉強不足・知識不足とは考えもしませんでした。
 ふと、子供の頃の「タンボノクロ」が頭をよぎり、もしかすると・・・と考え、辞書をひろげました。畔・畦は「くろ」と読みました!、この年になって初めて分かった次第です。