52  ニュウケ山〔猪苗代町〕

4802ニュウケ山(地元呼称)

 私が子供だった頃にはまだあったことですが、炊事や風呂を沸かすのに柴を利用したり、家作に木を伐採したり、萱を使って屋根を葺いたり、田畑の肥料や牛馬の飼料に草を利用したりする生活は、現在ほとんど見られなくなってしまったように思えます。

 それは個人の持山・原野等の利用もあったでしょうが、共同で利用する場合もありました。
 それらは、入会山(いりあいやま)・村山(むらやま)・部落山(ぶらくやま)・地下山(じげやま)・郷山(ごうやま?)・門持山(?)・方限(ほうぎり)・立合山(たちあいやま)・差図山(さしづやま)・請山(うけやま)・稼山(かせぎやま)・萱場(かやば)・刈敷場(かりしきば)・秣場(まぐさば)・刈敷山(かりしきやま)・垣内山(かいとやま)、仲間山(なかまやま)・惣山(そうやま)、催合山(もやいやま)、総持山(そうもちやま)・込山(こみやま)など地方により呼称もいろいろだったようです。

 「ニュウケ山」の呼称については、峠341の「打越峠」の調査時に、猪苗代町・餉沢(カルイサワ)集落の女性からお聞きしましたが、後日、餉沢集落から、打越峠の山を一つ越えた山潟に嫁いだと云う記憶力鮮明な90歳の女性に「入会山と書いてニュウケヤマと言う」旨を教えて頂いた。当地方では「入会山」を「ニュウケヤマ」と呼んでいたらしい!!。