山 と 私 と 山名事典


 

①、山 と 私

  山に魅せられたきっかけは安達太良山でしたが、職場の仲間と富士山に登ることとなり、そこで山にハマリこむ決定的な出会いがありました。

 富士登山の帰路石和温泉に泊まり、そこで元上司・鈴木勝彦氏(現山梨県北杜市在住)と宿で会う約束になっておりました。その宿で、深田久弥と、著作「日本百名山」の事、そして日本アルプスの話を聞き、白馬岳に一緒に登ることをその場で約束し、以降は日本百名山一筋、1994(平6)年7月26日47歳のとき、槍ヶ岳を登り、完登しました。最後の100山の帰路、上高地まで同行した職場の仲間に出迎えてもらい、上高地の宿で祝宴をしていただきました。

 これができたのは、家族の理解、職場の方々の協力と、鈴木勝彦・慶子ご夫妻・斎藤裕・手塚愼・遠藤高史氏など山の仲間があったからです。故人になられた方もおられますが、ここにあらためて皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。 

②、「山名事典」作成のきっかけ

 わたしが働きはじめたころ、多くの働き手が都会に出て行き、ふる里の農山村は「三ちゃん農業」と云われ、その後婆ちゃんだけの「一ちゃん農業」になり、今「限界集落」と云う言葉が聞かれ、「消滅集落」もでてきています。そのなかで 山 は荒れ忘れられようとしています。

 山はときには災害の元凶となりました。一方、水・木・秣・山菜・狩などの多大な恩恵も受けてきました。日々の生活と深くかかわって来た場所として、山を祖先は崇め大事に守って来たのだと思います。

 「ふる里ふくしま県」、見渡せば必ず視界に 山 があります。その名前がわかれば、散歩やドライブも一層楽しくなりそうです。そして、知らなかった先人の 山 との関わりを知るきっかけになるかもしれません。

 私が集めた 山 の名前と位置は、正確でない位置表示や呼称もあるかと思います。
みなさんの力をお借りし、一層充実したものにすることができればと考え、ホームページをつくりました。